堀切菖蒲園



歌川国芳、歌川広重らの浮世絵に描かれた葛飾堀切の菖蒲園は名所江戸百景として人気の場所だった。江戸末期は小高園、武蔵園が開園していたが、明治に入ると堀切菖蒲園、吉野園、観花園が加わり、大正期には四つ木園もできた。

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昭和15年頃になると、戦時下の色濃くなり、電気製品の使用禁止(電熱器、冷蔵庫など)、お米の配給(食べたいだけ食べてはいけない)、カタカナ名の禁止(ミス・コロンビアなど)が始まった。花を愛でる風雅の気持ちは押しつぶされ、菖蒲園は次々に廃園に追い込まれていった。

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終戦後、一面の焼け野原の中で唯一復興したのが堀切菖蒲園である。その後東京都に買収され、昭和50年(1975)より葛飾区に移管。今は大いに盛り上がる菖蒲まつりの様子である。

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葛飾堀切のあたりは湿地帯だった。江戸中期に百姓伊左エ門が菖蒲の栽培、改良を始めたのが始まりだと伝えられている。この絵では切り花が包まれている。花を分けてもらうこともできたのだろうか。
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by yumehonclub | 2017-06-12 17:18 | Comments(0)