アジアの夜明けと米ソ対立

 第二次世界大戦終了はアジアにとって大きな動乱の幕開けになった。日本が旧体制を壊し、その日本が連合軍に敗れたので、権力の空白が各地で生まれた。新たな独立運動のうねりがアジアを変え始めた。中国では毛沢東の共産党と蒋介石の国民党がそれぞれ独立。ベトナムではホーチミンがベトナム民主共和国をつくり、ラオス・カンボジアは旧主国フランスとの動乱、インドネシアはオランダから独立。朝鮮半島ではソ連が進駐する北朝鮮と国連軍(米軍ほか)が進駐する韓国が独立した。
 
 1950年6月25日北朝鮮軍は38度線を越えて韓国に侵入、朝鮮戦争が始まった。北朝鮮・中国軍の侵攻に準備不足の韓国・国連軍は敗走。釜山近くでようやくとどまり、反撃に転じた。マッカーサーは多数の兵力を動員、日本の基地からも直接爆撃機を出した。国連の要請で日本特別掃海隊として海上保安官も参加している。

 さまざまな補給物資や運搬手段が大量に必要となった。これらはアメリカ本土から運んでいたら時間も費用も膨大になる。日本で調達した方が効率的なことは明らかだった。緊急に補給を整えなければならない。GHQの日本占領政策は大きく転換することになる。日本を反共の防波堤にしなければならない。強固な砦にしなければならない。
 再び産業を盛んにしよう。必要なら戦犯の力も借りよう。戦争犯罪人だが十分力を持っている。こうして一部の旧体制の人々が生き残ることになった。戦争責任は曖昧になった。マッカーサーの指示で警察予備隊がつくられ、保安隊に変わり、やがて自衛隊と名前を変える。韓国に大量の物資を補給することになり、その結果、日本には空前の好景気が訪れた。

 自衛隊は憲法違反だったのではないのか。裁判では「自衛のための最低限度の武器使用は認められる、いかなる国も自衛する権利を否定することはできない」となった。ではなぜ憲法では軍隊を持たないと規定したのだろうか。実はアメリカは沖縄を占領していた。ここに巨大基地を確保して、東アジアに睨みをきかすことができた。日本をも睨むことができた。反逆分子はいつでもつぶせる用意ができていた。
 しかし米ソの対立が激しくなると、日本は地理的に最前線の位置にいる。当然アメリカとともに自由主義国家を守るために働いてもらわなければならない。沖縄だけでは足りない。流れが大きく変わった。日本は自由主義国家と講和を結び、独立したが、占領軍(米軍)は撤退せず、日米安保条約にもとづいた新たな駐留となった。  
 どこでも戦争が終わって独立すれば占領軍は撤退するが、日本は例外であった。その後70年以上日本の税金で駐留を続けている。軍隊を持たないはずの日本国民は米軍と自衛隊の二つの軍隊を支えることになった。

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by yumehonclub | 2016-01-20 11:33 | Comments(0)