2016年 04月 06日
谷中の五重塔
天王寺の五重塔は1644年(江戸前期)に建てられた。1772(明和9)年の大火で焼失、1791(寛政3)年に再建された。高さ34メートルを超える塔は関東一の高さだった。
1891(明治24)年から2年間、幸田露伴はこの五重塔を見ていた。幸田露伴の住まいは谷中墓地の脇にあった。五重塔再建の職人の物語はここから生まれた。
1957(昭和32)年7月6日早朝、燃え上がり柱のみ残して全焼した。焼け跡には男女の遺体があった。男女は道ならぬ恋の清算を図るために焼身自殺を選んだのだ。
五重塔周辺は春になると人々が桜を見にやってくる。ビニールシートを敷いてお花見をする人も多かった。江戸の名所図でも境内(このあたりは墓地ではなかった)で花見をする人たちが描かれている。
だが昨年あたりから墓地内での飲食お断りの掲示がされるようになった。ゴミ箱もなくなった。焼き芋の移動販売車も来なくなった。
by yumehonclub
| 2016-04-06 14:53