2015年 04月 15日
五色桜(ごしきざくら)
この桜を2012(明治45)年当時の東京市長尾崎行雄が日米友好のためにワシントン市に贈ったのがその後有名になったポトマック河畔の桜です。もっとも2010年に贈った2000本の苗は病害虫のためすべて焼却処分されました。2012年に改めて慎重に管理した3000本を贈り、ワシントンに植樹することができました。荒川堤の五色桜から穂木を採り、 兵庫県の伊丹からサクラ台木を取り寄せ、 静岡の興津で接木したといいます。 それらの努力が ポトマック河畔の桜になりました。いまでは毎年盛大に桜まつりが行われています。東京には返礼としてハナミズキが贈られました。
この桜の植樹には27代タフト大統領夫人に働きかけたエリザ・シドモアというジャーナリストの尽力があったといわれています。また朝鮮半島における日本の権益をアメリカに認めさせたいという時代背景もあったようです。太平洋戦争中には日本桜という名から東洋桜と名を替えて生き残ったといいます。
さて本家の荒川堤の五色桜は戦後間もなく1947(昭和22)年頃、放水路掘削や排気ガスあるいは燃料として伐採などで絶滅してしまいました。そこで改めて里帰りをアメリカに依頼、1952(昭和27)年、1981(昭和56)年と里帰りが実現、荒川堤や足立区内の公園に植えられています。1981年の桜は当時の大統領にちなんで通称レーガン桜ともいわれています。
by yumehonclub
| 2015-04-15 10:32